• ホーム
  • サイト管理者
  • 小説
  • イラスト
  • リスト

事が起きたのはルジートが8歳の夏であった。
馬術はポニーでとはいえキャンターをマスターし、剣はレイピアを使い練習するようになっていた。 ルジートの背は伸び、すらっとした姿は兵にも領民にも人気があった。
豊かな黒髪に翠色の瞳、ドレスをまとった姿は貴族の娘として申し分なかったが、いかんせん動きが貴族の娘からはほど遠かった。 きびきびと動き回る様やドレスでの剣さばき足さばきは、もはや女装した男子といっても過言ではなかった。
母親のマリアはその状況を憂いてはいたが、公に苦言を呈することはなかった。
跡継ぎを生むことができない自分を責めていたのである。
またルジートも、母の気持ちを分かっていたために苦しんでいた。

跡継ぎが生まれたら、私はどうなってしまうのだろう?

父母の愛情は感じてはいたが、それは春先の薄氷のようなもので、いつ無くなってしまうのかわからないものであると幼心に思っていた。 自分に自信を持つために必死に文武ともに頑張ってきていたが、それが父をより苦しめているのではと最近は思うようになっていた。
父母からの愛情が無くなってもいい。弟が生まれれば父母は苦しみから逃れられる。
そのほうがこの公爵家にはいいのだと、ルジートは思っていた。
しかしその胸の内を明かせる相手はいなかった。
ある意味孤独ではあったが、それが自分の立場であるとルジートは理解していた。

夜の食事の後であった。
夏とはいえ、夕方になるとこの地方は冷え込み始める。分厚い石を積んで作られた堅牢な屋敷にも、その冷えは忍び寄っていた。 石造りの屋敷は日中の日差しをたっぷりと浴び、じんわりと部屋の中を温める。軽く羽織るだけですむのはありがたいことだった。
2階にある自室に籠って物思いにふけっていると、屋敷の外が騒がしい。
大窓を開け繋がっているバルコニーに出ると下を覗き込む。
空の西の端にオレンジ色が残ってはいるが、日は完全に落ちている。 闇が近づいてきているのはたしかだ。兵達が武具に身を包み、松明を持ち騒然としていた。

「なにがあったの?」
バルコニーから身を乗り出しルジートは下の兵達に声をかけた。
顔見知りの父の護衛もその中にいた。慌てて、返事が返ってくる。
「ルジート様!!魔物がこの辺に姿を現しました。窓を閉め屋敷の中に!!」
魔物?翼がついていたり、尻尾のある異形のものがこのあたりに出たのか。
ルジートは1度も魔物を見かけたことはない。いや、畑など食べ物の少ないこの辺での目撃情報はほとんどなく、 農村の警備で遭遇した話を兵から聞くぐらいであった。