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外の明るさが嘘のように、執務室の中は暗かった。
レースのカーテンがびっしりと閉じられ、燭台には火が灯っている。その僅かな明るさでも分かるほど母の顔は少し血の気が引き、 視線が定まっておらず、父に至っては凛々しい顔に苦悩の表情を浮かべていた。対照的に、若い紳士は笑顔を浮かべ、ルジートが 入ってくるのを眺めていた。
明らかに、おかしい。
いつもの来客の雰囲気ではない。何かがいつもと違うのだ。
それでも子供達にはその何かを感づかれたくないのか、表情を普段どおりに戻そうとする父母になおさら違和感を感じた。
カルマもこの異様な雰囲気を感じ取ったのか、ぎゅっと姉の手を握ってついてくる。
「このお方は、ラメール第6王子であらせられる。」
ルジートはカルマの手を離すと、恭しく礼をした。
まさか、あの馬車の主が王子だったとは。
「ルジートと申します。お見知りおきを、殿下。」
ラメール王子は25歳になったばかりと聞いたことがある。
マリアは17年前降嫁してリカルドのもとに来たが、この王子とはその時に別れたきりで久しぶりの顔合わせであった。
マリアの9歳下の弟王子は屈託なく笑うと、
「父上の面影が色濃いな。さぞ、気の強い女子だろう。」
と姉に片目をつぶった。
「どうしてもこの男のもとに嫁ぎたいと、むりやり降嫁までして、父に似た娘を産むとはこれはまた何の因果なのだ。」
「ラメール殿。」
マリアが弟王子を軽くたしなめると、そっと夫に視線を送る。
リカルドは小さくうなずくと、ルジートから目をそらさずに言葉を吐き出した。
「陛下が娘と次期領主になる孫の顔が見たいと、王子をお使いに立てられた。マリアは久しぶりの里帰りとなるが、カルマ。明日母と一緒にお前も行きなさい。」
ルジートは視線を父から幼い弟に移した。
弟の表情からすると、自分が外で稽古の最中に、すでに弟は叔父にあたる王子との面会を済ませていたらしい。
弟が不安そうな面持ちで姉を見上げる。
何も心配するようなことはない。大丈夫。旅行に行ってくるだけじゃないの。
言葉を瞳に込めて弟に微笑むと、ルジートは視線を父に戻した。父は頷くとしっかりとルジートを見据え、続きをゆっくりと話しだした。
「そこで、ルジート。お前に頼みがある。私の代わりに、北の新鉱山の視察に行ってきてはくれまいか。」
「お父様は?」