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夕刻までにはまだ三刻ほど時間がある。
弟の居場所を確認するため2人は王宮の庭園にしれっと入り込むことにした。
王宮は奥のほうが居住空間となっていて、王族含めその他親類なども帰省時はこちらの離れのほうに泊まるようになっているとは ルジートからは聞いていたが、この庭園がまた骨が折れるという広さだった。離れがあちこちに点在しているが、 その間に中庭や植木の垣根でびっしりと散歩道を作られており、離れから離れに簡単にたどり着けないようになっていた。 勿論、馬車道を通れば話は別だが。各家のプライベートを守るために、散歩道は迷路のように複雑になっているらしい。
はぐれると面倒になる、と手分けせずに二人で回ることにした。
「子供、子供と。」
10歳の男子がどれくらいの大きさかはわからないが、黒髪に翠の眼でルジートと臭いが似ているのがそうだろうと、 セシリスは庭園の端から歩きだした。まず直接屋敷には近付かずに庭から攻めていこうというのだ。建物の配置や構造を外から確認したいのもあった。
意外にも慎重なところがあることに、ヘレナは驚きを隠せなかった。
彼の豪胆でありながらも、ひょうひょうとしたところしか彼女は知らない。
しなやかな身のこなしは相変わらず変わらないが、人を小馬鹿にしたような皮肉めいた表情を引っ込めたセシリスは、繊細で端正な顔立ちであった。
ルジートが術でこの人型に象った時に『魂の形』をそのまま変換させたと言っていたが、こうみると彼は意外にも 神経が細やかなのかもしれないとヘレナは思った。
いつもの一緒にいるときの姿とは違う雰囲気に、彼女はまじまじと見つめた。
「臭いが近いのがあの建物に消えた。」
ヘレナを振り返ると、セシリスは日光をきらきらと反射するガラスの建物を指差した。
「まさか、一発で見つけたのか?ついてるな。」
にんまりと片方の唇の端を吊り上げて微笑むセシリスは、『いつもの彼』であった。
「とりあえず行ってみよ。」
ヘレナは先導するようにセシリスの前に出た。
なぜか今無性に彼に顔を見られたくなかったのである。自分が彼に見とれていたことを気付かれたくはなかった。
ずんずんと散歩道をヘレナは進んでゆく。その後ろを悠々とセシリスが着いて行った。
ガラスの建物に近づくにつれ、たくさんの花の臭いがして、唄が聞こえてきた。
建物は温室らしく色とりどりの花と植物が見えた。無論2人が見たことのない南国の花だ。
中を覗くと、唄を歌う少女とそれを覗き見る少年の姿が見える。
少年の顔は見えないが、黒髪だけは確認できた。たしかに霧の中に来た頃のルジートと体型が似ている。
「おい、そこで何をしている。」