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桜子が動揺を抑えられたころ、ようやくアレキサンドリアの屋敷が見えてきた。
屋敷の外に珍しく、ルジートとカレルが出ていた。客人なのか、上等な服を着た年配の男性と話し込んでいる。
いち早く桜子に気付いたカレルが、ルジートに耳打ちした。
ルジートは桜子のほうを向くと笑顔で迎えた。
「鍵、もう出来たのー?」
桜子も返す。
「はいー、それとー頼まれた品ですがー持ってきましたー。」
手をぶんぶんと振ると、公女もおおきく手を振って返してくる。
あの神士は誰だろうか。会話の内容が聞こえないのがもどかしい。
傍に着く頃にはすでに話は終わっているようで、髭を整えた年配の男性は桜子に礼をすると、花壇の奥に繋いでいた馬に跨り、 丘を下って戻って行った。
「早かったわね。」
ルジートの問いに、まさか話を聞きたくて急いだとは言えない。
桜子は笑顔で返した。
「公女様の依頼は最優先ですよ。」
公女と並んで屋敷に入るが、しんがりを務めるカレルの視線がどうも突き刺さる。
「つむじがこんがり焼けそうなんで、あまり見ないでください。」
振り返って桜子は遥か上にあるカレルの顔を見ながら注意した。
「目つきが悪くて、ごめんね。眺めているだけなんだけど、威圧感があるみたいで…。」
謝るルジートにカレルは薄氷のような目を向け、離れた。
どうやら、調理器具の本当の依頼主、ソフィーを呼びに行くと伝えたかったようだ。
「食堂ね。」
ルジートはカレルに声をかける。
彼は片手を上げ了解の合図をルジートに送った。

食堂では森咲が遅めの朝食をとっていた。
昨晩の打ち上げの後、帳簿をやっつけた森咲は少し遅めに目覚めたのだ。
森咲は朝が得意な方ではない。人の気配が少ない夜間の方が集中して仕事が出来る、というのが彼女の持論だ。 光源の足りない中で昔から仕事を続けてきたせいか、彼女の視力は良くなかった。
そのため文字を見るときは度の強い片眼鏡が外せない。
もちろん森咲だって片眼鏡より眼鏡の方が扱いやすいのは知っている。承知の上で片眼鏡を使うのだ。 理由は両目が良く見えてしまうと、見たくないものまで見えるからである。
つまり、彼女は片眼鏡をかけたほうと、裸眼をうまく使い分けているのであった。