• ホーム
  • サイト管理者
  • 小説
  • イラスト
  • リスト

温室の中は、むせかえるような花の香りと天使のような歌声で満ちていた。
ステージ代わりのステップの上には歌姫1人と、その向かいには観客が1人座っている。
14歳の少女と10歳の少年は夢のような時間をすごしていた。
この歌姫は豊かな黒髪と黒檀のような漆黒の瞳をもっていた。
言わずと知れた雲雀姫である。
その名の通り、美しい声でさえずる鳥のような可憐な姫であった。
ドレスを着ているため足こそわからないが、引き締まった二の腕などを見ると、舞踏も嗜んでいるのがよくわかる。
ホウライ独自の様式――王国では和と呼んでいるが、彼女は見識の広い姉の天花姫の影響か、和式ではなく王国様式の舞踏と歌を幼少の頃から習っていた。
姉は歳の離れた雲雀姫に、物ごころついた頃からよく「枠にとらわれず自由に生きるためには、枠を広げる努力をすること。」と声をかけてきた。
彼女にとって姉の言葉は神の言葉。
自分の可能性に目覚めた雲雀姫は、目覚ましい成長を見せた。
そんな人生の目標でもある姉が遠くに嫁ぐことは、雲雀姫にとっては悲しいことだった。
ナカノハラに男子が誕生せず、母の年齢的にも自分が生まれた時に姉は婿を取ることになると思っていたらしいが、一転して嫁に行くことになった。
姉は自分の運命を「枠を広げる努力」をすることで勝ち取ったのだ。
「大殿様の好きなように生きる必要はない。私の人生は私のためにあるの。」
周りの者に聞かれぬ様ロタールの公用語を使い、そう微笑んだ姉は凄まじいくらい綺麗だった。
また雲雀姫も、知らぬ男を婿に入れての結婚は望んでいなかった。
なんとか姉のように自分の人生を勝ち取りたいと、姉の結婚報告の旅に同行し国を出た。
姉が帰ると言いだすまでは自由の時間。
見聞を広げるいい機会だった。
歌い終わると、向かいにいる少年は頬を紅潮させ、惜しみない拍手と賛辞を述べた。
この少年は北方を治めるアレキサンドリアの次期領主らしい。4年ほど前に母と王都に挨拶に来ている間に父が亡くなり、姉が行方不明、そして領土が男爵ごときに乗っ取られるという惨事に見舞われたのだそうだ。
先日その姉があの霧から生還を果たしたという噂は、王都でも流れている。
「雲雀姫様、今日も素晴らしい歌声を披露して下さり、ありがとうございました。」
少年はホウライ様式の礼であるお辞儀をすると微笑んだ。
翠色の瞳がキラキラしていて綺麗だった。彼は人種の違いか、4つ下にもかかわらず自分と同じくらいの体格であった。
体つきを見て同年齢だと思っていた雲雀姫は、先日歳を聞いた時に思わず声を上げてしまった。
彼も驚いた様子で「同い年かと思っていました。」と素直に笑っていた。