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暁の乙女亭

 アンディーンの秋祭りが終わって、最初の週末が過ぎた中日のことである。
町には気だるげな雰囲気が漂っていた。徹夜で狂ったように騒いだ分の疲れが其処彼処から滲み出て来ているのである。
それは主催する側である、店の主達も同じであった。
秋祭りの期間前後は、観光客でどこの飯屋も宿屋も満員御礼である。
女将の宿屋『暁の乙女亭』も例外ではなかった。
元々客室が少ない宿屋である。そちらは満室となってもそれほど忙しくはない。
忙しいのは昼から夜まで営業している食事処の方であった。
さすがにこの時期は、昼だけ雇っているアルバイトも、通しで働かないと回らなかった。
その分の疲れが、日が経つにつれ顔や体に表れてきているのだ。
「明日の休みは夕方まで寝てやろうかしら」
目の下にクマを作った女将は、夜の仕込みをしながら呟いた。
夜の仕込みと言っても、つまみとなる物がほとんどである。腹に溜まるものとすれば、ニョッキやマカロニ、パスタが主であった。
冒険者の宿だけあって、肉体労働に耐えられるだけの炭水化物はしっかりと用意されている。だが、今夜は泊まりの客はおらず、町の者が飲んでいくということであれば主につまみの方がよく出るのであった。
スモークサーモンに載せる玉ねぎのマリネを作り終えた女将は、帰り支度をしているアルバイトに味見を頼んだ。
快く受けてくれるが、このアルバイトのサリーはよく噛む癖がある為、なかなか返答が返って来ない。
女将は彼女の喉の動きに注目しながら、感想を待っていた。
「ん、いつも通り美味しいですけど、やっぱり疲れてるんでしょうかねえ。もうちょっとレモンが効いててもいいかなって思います」
「やっぱり?」
よく見ると、サリーの顔にも眼鏡のフレームの下から紫色のクマが浮んでいる。
「私もそう思うのよ。町の人も疲れているから、レモンの輪切りを追加しても問題ないわよね」