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暁の乙女亭

アンディーンの町にある宿屋『暁の乙女亭』でバイトをしているサリー・アズラエルは、職場から東に2丁しか離れていないアパートメントに住んでいた。
『暁の乙女亭』でサリーが働きだしてから2年半の間に、彼女は念願である売れっ子作家になっていたが、どんなに多忙になってもバイトを辞めることはなかった。
2つの仕事を掛け持つのは、実際体力的にも厳しいものがあったが、賄いがつくあの店は生命線とも言えるだけに、遅刻することはあっても休むことはなかった。
『暁の乙女亭』の女将もサリーの忙しさをよく解っているのか、普段はランチの仕込みからランチタイム終了までの4時間だけ仕事に入ればよいと、割とゆるくしてくれたのもサリーが長続き出来ている理由かもしれなかった。
サリーは現在、新聞の連載小説のみ書いている。前は色々書いていたのだが、もう1つの仕事が入るようになったので、連載小説だけに絞らざるを得なかったのだ。
彼女のもう1つの仕事とは、死神を束ねる監察官というものであった。
監察官と言えば大そうに聞こえるが、簡単に言えば、どの魂を刈り取るのか現場に指示を出す管理職だ。監察官は邪眼の持ち主のみ、その資格を有する。邪眼は人に悪影響を及ぼす為、サリーは死神になって以降、外出時には特殊な眼鏡を使用していた。
その眼鏡のおかげか、バイト先の女将を含め周りの人間には、死神だと気付かれてはいなかった。
その新たな職務のせいで、サリーは毎日一日分の小説を書き上げる他に、明日魂を刈り取る者を承認する書類のハンコ押しをしなくてはならなくなったのだ。
物を書くとはデリケートな仕事で、気分によっては文に荒が出たり散漫になったりするので、非常に気分を落ち着かせてから取りかからねばならないものであった。
そのため、先に書類のハンコ押しに取り掛かると書く時間が短くなり、時間が足りないプレッシャーで原稿を落としかねない状況に何度か陥ったサリーは、以来この物書きの仕事が終わってからでなければ、書類のハンコ押しはしないと、自らルールを設けたのだった。
その結果、常に現場の死神に配らねばならない書類のハンコ押しも、締め切り時間ぎりぎりで上がって来ていた。