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「味見していく?」
「いいんですか?」
そう言いつつ、カウンターの上に置いてあるカトラリーからフォークを掴んでいる。女将はマリネの上にレモンの輪切りを1枚置き、それをスモークサーモンですっぽり包んだものを小皿に持って差し出した。
勢いよく突き刺し一口で頬張ったベルナールは、ほっとしたような声を上げた。
「この酸味、疲れが取れますね。ああ、美味い!細かなパセリがまたアクセントになってる!」
やはり酸味をきつくして正解だったようだ。女将とサリーは視線を合わせて微笑んだ。
「後5軒、これで廻れますよ!」
「お疲れ様」
「じゃ明日協会の方に来て下さいね~~」
フォークと小皿を女将に返したベルナールはサリーにも愛想よく手を振ると、店内に入ってきた時と同様に滑る様に出て行った。
「明日の朝はゆっくりできるんですか?」
店内が二人きりになったことを確認して、サリーは女将に尋ねた。
「そうなのよ。3日前から帰っていないの。あと4日は帰って来ないから大丈夫」
それは女将の家に住み込んでいる夢魔のことを指していた。
昨日の晩帰って来なかったところを見ると、気に入った娘を見つけたのだろう。彼は女将のもう一つ経営している雑貨店『紺碧の塔』の店番を終えた後、そのまま魂を頂きに1週間娘の家に通い詰めるのだ。徹夜の一週間となるが、夢魔にとってそれは大したことではなかった。
昼食を届けに店に行った際、既に明日は夕方まで寝るから自分で食料を調達するよう、小金も渡してある。その時に売り上げも回収しているので、また明日協会に行く前に回収すれば良かった。
「よかったですねぇ」
しみじみと言うサリーに女将は苦笑で返した。
「今日はサリーもぬるめのお湯にしっかり入って、泥の様に眠るのよ」
「勿論です。締め切りのことは忘れて、がっつり寝ます」
本業である物書きのほうも忙しかったが、今日は寝た方が効率が上がるだろうとサリーは考えていた。秋祭りの期間は印刷も止まるので、その前に書きためていた分で今週は何とかなると踏んでいたのだ。
「じゃ、お疲れ様です~~」
サリーは勢いよく手を振ると、ランチで残ったラザニアを詰めたお弁当を持ち裏口から帰っていった。
「さてと、残りを作っちゃいましょうか」
一人になった女将はいい音を立てて首を鳴らすと、袖をまくり直した。