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「あー、彼は昨日から帰って来ていないのよ。単発バイトを入れたんじゃないかしら。今日は紺碧の塔の定休日だし」
紺碧の塔の店番が夢魔シャルムの仕事だ。勝手に休むことは許されていない。
それだけに定休日前日の晩は彼の『自由時間』として、帰ってこないことがままあるのだ。
女将はまだ切っていない林檎と腐った林檎を籠に入れると、サリーに残りの開店準備を頼んで裏口を飛び出していった。

表通りに出た女将は東西に延びた中央通りに出ると、西に向かってずんずんと大股で歩いて行った。通りを2本過ぎると南北に延びた中央通りにぶち当たる。
一番大きな橋が掛かっている町の中心だ。
これを過ぎて1本入ると市場が北側に伸びている。『アンディーンの町の台所』と言われる巨大市場だ。女将も普段此処で大量に買い付けて、ゴンドラで運んで貰っている。
丁度橋を渡りきったところで、何かが女将のスカートの裾を引っ張った。
「おねえさん。いい匂いがするね」
スカートの裾をしっかり握りしめられた女将はつんのめりかけた。これには無視するわけにいかず振り返った。
そこには、元々は白かったのであろう薄汚れた生地で頭を覆った、色黒の男の子が座っていた。
見かけない服装ということはキャラバンの下働きだろうか、少年の手足は砂と泥まみれになって汚れていた。
いい匂いと言われた女将はバスケットの林檎の匂いが漏れていたのだとすぐに気がついた。まだ割っていない林檎を手に取ってみせると、女将は少年に手渡した。
「腐っているかもしれないわよ。現に2個腐っていたから」
そこまで言われても少年は林檎を受け取ると一口齧り立ち上がった。
「キャラバンから置いて行かれて昨日から何も食べてないんだ」
身長は女将の胸の下程で、栄養状態が良くないのか細っこい身体をしていた。
年は10歳ぐらいだろうか。
くりっとした青い目が印象的であった。
「あ、ホントに腐ってる」
ぺっと吐きだした少年は、悲しそうな顔で女将を見上げた。
また、タイミング良く少年のお腹が大きな音を立てる。
捨て犬の必死の訴えの様なこの情景に、女将は捨て置けない状況に嵌まったことに気がついた。女将は憐れに思い林檎を交換したら、少年を店に連れ帰ることに決めた。
しっかり食べさせてから監理官に引き渡し、キャラバンが戻ってくるまで保護してもらおうと考えた。
「名前は?」