• ホーム
  • サイト管理者
  • 小説
  • イラスト
  • リスト

女将の質問に少年はにこやかに笑った。
「下働きに名前なんて無いよ。いつも、ガキだから。好きに呼んでよ」
名前が無い子を『少年』と呼ぶのはさすがに気が引ける。女将は名前を考えることにした。
「アスールはどう?」
「アスール?どういう意味なの?」
「瞳が青いから。青って意味よ」
少年は嬉しそうに笑った。
「いい名前だね。ありがとう」
「じゃあアスール、今から私は市場に林檎を交換に行くの。その後ごはんを食べさせてあげるからもうちょっと我慢して。お店がひと段落したら監理官のところに連れて行ってあげるから」
「うん。わかった。ねえ、市場に行くなら逸れそうだから、手を繋いでもいい?」
アスールは女将の籠を持っていない手を握った。
確かにアンディーン一混雑している地域である。逸れてから探すのは至難の技であった。
女将はアスールの手をしっかり握り返すと、薄汚れた少年と共に市場へと消えた。

女将は右手に交換分の他に貰ったおまけでもりもりに盛られた林檎の籠を持ち、左手でアスールの手を引きながら店に戻った。どう見ても親子にしか見えない状況だった。
「おかえりなさーい」
表口から入ってきたにもかかわらず、サリーの口から『いらっしゃいませ』ととっさに出なかったのは大したものだった。
女将はさっと目を通すと、テーブルの準備が終わっていることにほっとした。
サリーは女将が子供連れで戻ってきたことに大変驚いた。
「その子供は?!」
女将は誤解されたのではと慌てて説明をした。
「買ってきてないからね?!キャラバンに置いて行かれてご飯食べてないというから、とりあえず連れてきたの。あとで監理官のところに連れて行くわ。名前はアスール。こっちはサリーよ」
アスールはサリーにぺこりと頭を下げた。
サリーは何とも言えない顔を女将に向けたが、女将はそれどころではなかった。
「小汚いから、手足洗わせてくるわ」
開店前に泥を落とさせたい女将は、アスールを連れ宿屋である2階の湯部屋に連れて行った。
水と火の精霊を呼び出すと、お湯を作る様に頼んだ。
「その頭に巻いているものは外していい?」
宗教上人前で外せないとかあるのかどうか女将は尋ねた。