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そして、時はニコット暦870年。
件の女大公がいまだ霧の中で行方不明となっていた頃のはなしである。

そんなアンディーンの町を南北に分断する中央通りから、町の中心より2本道路を東方面へ奥に入った飲食街に、宿屋を構えた女がいた。
透き通るような金髪に宝石のような青い瞳を持つ、元冒険者であるロアである。
冒険者と言えば聞こえはいいが、簡単に言うと未開の地の盗掘などや外敵を狩る何でも屋である。
彼女はそのエキスパートと言えた。
魔術に魔法、さらに錬金術、銃に大剣、短剣までも自在に操る彼女は、通常1人でダンジョンの探索や、妖魔狩りを長いこと行ってきた。ただ魔法と言っても、使えるのは精霊を呼び出し使役する精霊魔法のみで、魔族や悪魔の様に詠唱なしで使う様な魔法は人間だけに使えない。
また神の加護による癒しや治癒促進の術が使えない彼女は、自慢の錬金術でポーションを作成し、ドリンク剤を飲むことで体力・精神力をカバーしていたのである。
こうして1人で稼いだ金をコツコツと貯め、根なし草の代名詞でもある冒険者には珍しく、家を購入した後その裏にあたる表通りに宿屋を建てたのであった。
それを機に冒険者からは足を洗い、宿屋の女主人として切り盛りするようになったのである。
その宿屋『暁の乙女亭』は、一階が飯屋で二階が宿屋という一般的なスタイルだったが、1人で営業となると客室は三部屋が限界ということで、大変こぢんまりとしていた。
女将はもともと冒険者である強みを生かし、調理や宿の風呂には火の精霊と水の精霊を使い、掃除には風の精霊を使うことで準備の時間短縮をしていたが、さすがにテーブル4つにカウンター席5つの注文を取りながらの調理は物理的に難しかった。
難しい理由は動きまわるのが厳しいのもあるが、メニューが多いことも問題であった。
日替わり定食の他に、定番定食が二種類。その他単品もあれば、飲み物も酒からフレッシュジュースまである。メニューを絞ればよいのだが、そこには女将の拘りがあった。
冒険者はダンジョンに潜っている間は、ぱさついた乾燥食などや携帯食で我慢せざるを得ない。だからこそ生き延びた者には、美味しい旬の食材を、新鮮な状態で食べさせてあげたいと女将は思っていたのだ。
「バイト…雇うか」
女将は開店1週間で、限界を感じていた。
凝り固まった肩を解しながら、ぽつりとつぶやいた。
「その方が良いな」
カウンター席に座っていた厳つい大剣使いは渋い顔で頷いた。
「メニューを減らされるのは困る。味が落ちるのは以ての外だ」