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夢魔は素直に手を引っ込めると、通りに女将を連れ出した。
「今晩も楽しませてもらうとしよう」
鼻歌を歌いながら家路に向かう夢魔に、女将は嘆息するしかなかった。
嵌められたことに気付いたのである。昨晩に続いて二晩相手をする羽目になるとは、ついて無いにも程があった。

家に戻ると女将はバスケットの中から頂き物のチーズを取り出すと、バゲットとハム、シャンパンを用意した。
女将は夢魔の好物をちゃんと覚えていた。
バゲッドの上に置いたチーズをあぶり、ハムをのせたサンドが手際良く並べられていく。夢魔はソファに座ると、早速サンドに手を伸ばした。
悪魔とはいえ、こちらで活動する彼の身体は人間と同じ29種類の元素で作られている『器』である。そのせいか味覚や嗜好も、人間とほぼ変わらない。
魔族も味覚や嗜好は人間とほぼ変わらないが、魔族と低級悪魔の決定的な違いは『器』にあった。
魔族は魔界であろうが物質界であろうが、どの世界にも自分の身体で行くことができるが、 低級悪魔は物質界では『器』を必要とする。なぜなら物質界では彼らの実体が無いからだ。
物質界で行動するには、『器』が無いと生活などとてもできない。
『器』を手に入れるには『とり付く』もその一つの手段だ。だが、この夢魔シャルムは、女将が作り上げた『器』を使用していた。外見に関しては、契約時に見た時のシャルムの姿をそのまま真似ているが、『器』は人間の身体そのものである。
そして怖いところが、悪魔としての能力は『器』に入っても損なわれることがないということだ。
彼はこの身体を維持したまま、女性の夢に入り込み7日かけてとり殺すことなどは容易であったし、もちろんこの身体で女性の寝所に入り込み、7日かけてとり殺すことも簡単なことであった。
シャルムは女将の分のバゲットを3枚残すと、後の分はシャンパンと一緒に彼の胃に収めた。
それからお気に入りのシャンパンとワインを出してくると夢魔はソファに深く座り直し、満足そうにアルコールを交互に煽った。女将も横にあるソファに座ると、バゲッドの上に乗ったチーズを堪能しながらシャンパンで喉を潤した。

この奇妙な生活が2年も続いているところが、ある意味異常だった。
女将が酔った勢いで召喚し、1年後に魂を渡すと夢魔と契約をしていながら、実は10年後に書き換えていたという、いかにもなだまし討ちをしてもこの夢魔は怒りもしなかった。