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あとは、彼が原稿と休日の両方に了承を出すかどうかだった。
そういうわけで微妙な沈黙が流れる中、サリーは書き物用の机に頬杖をつきながら読み終えるのをじっと待っていたのである。
ミハイルの横にある半分ほど開けた窓からは、夕暮れらしい淡いオレンジの光と共に水気を含んだ少し冷たい空気が入り込んでくる。
前回エスクードに会いに行った春から季節が2つも進んでいた。


サリーがエスクードに初めて会ったのは、作家になって3か月ほど過ぎたころだろうか。
丁度バイト先の女将が夢魔を召喚し、アイテム屋『紺碧の塔』を始めた翌月の事であるから、2年前になるだろう。
健康だった彼女の体に、ある異変が起き始めたのである。
今までには無い、両目にズキズキとした痛みを感じるようになったのだ。
おそらく1日も空けず長時間原稿を書いていたせいだろうと、サリーは原因をそう考えていた。疲れ目の回復にはと、この頃からサリーは蒸しタオルを瞼にかけ1人がけのソファで寛ぐ時間が増えた。
肩こりが特に酷く、サリーは手が空いているときは肩を廻すか、首を左右に倒して鳴らして解しているほどだった。
しかし、目の痛みぐらいでこの念願叶った仕事を辞めるなど、サリーは一切考えていない。
作家になるのは彼女の子どものころからの夢だったからだ。
サリーには実家がない。といっても家族がいないわけではなく、西方にある僅かな緑地帯で遊牧をして暮らしているのだ。祖母に両親、弟2人に妹3人、叔父夫婦に従兄弟が3人という大所帯で、野にテントを張り家畜と暮らす生活をしていた。
当時、サリーの唯一の楽しみは本を読むことだった。文字は幼少の頃、行商に来ていた商人が教えてくれた。海綿が水を吸い込むように文字や言葉を吸収していくサリーに、商人は面白がって教えたのだ。おかげでサリーは本が読めるようになり、遊牧の生活以外を知ることとなった。
季節ごとに両親が街に買い出しに行く度ついて行き、貯めた小遣いで本を買うのが彼女の生きがいになっていた。古書などで安くなった本を、大量買いするのである。専門書であろうが、人情ものだろうが気にせず、少しでも『知識』になるものであれば何でもよいと言わんばかりに節操無く買っていった。
野営地に戻ると、日中の放牧している間、日の光を遮るよう木陰を陣取りひたすら本を読むのである。
そのせいか他の弟妹や従兄と違い、遊牧生活をしながらも彼女の肌の色は白かった。
長女ということもあり弟妹達の面倒見は良かったが、本に夢中になり過ぎて家畜の面倒を