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実際、カトリーヌ女史の読み通り、秋祭りの際に自力での恋人獲得を諦めた購入者が惚れ薬を使用し、薬と『祭りの高揚感』の相乗効果で相手を落とし、交際を始めたという件が続出したのである。
さらにこれから冬に向かい気温が下がることで、より人肌が恋しくなるため、『冬場の破局は少ない』という統計結果もこの都市伝説の真実味を増した。
結果春先には妊娠が発覚したり、そのまま結婚に至る例が多かったため、この『都市伝説』は『本物』として定着したのである。
そのため未経験者や失敗者は成功者が実際どこで買ったのか、その情報を成功者から貰って翌年の秋祭り前に買いに来るという見事な構図が出来上がった。したがって成功率が高い店は売り上げが年々上がって行くようになり、カトリーヌ女史の読み通りポーション業界は潤うこととなったのである。
ちなみに女将の店で扱う惚れ薬は、フェロモンの分泌を促す科学的な調合によって作られたものではなく、チャームの魔法が掛かる魔術的な調合で作られたものだ。そして、これは自分に塗るタイプの惚れ薬ではなく、相手に飲ませて効力を発揮するタイプの惚れ薬だった。
もちろん効果が絶大であるため非常に高価であったが、意中の女性を落とす為ならばと、買いに来るものが多数いたのである。
また、女将はこの魔法薬を中和するポーションも販売していたため、好みではない相手の薬の使用に対抗すべく、買いに来るものも絶えなかった。
こうして双方のニーズを踏まえた『紺碧の塔』は、ウナギ登りに売り上げが伸びていったのだった。もちろん、夢魔の口八丁手八丁も売り上げに貢献していることは間違いない。

夢魔は女将の腰に腕を廻すと、短めの黒い髪を掻き上げ小首を傾げ見降ろした。
にんまりとした笑顔のままである。こういう笑顔で彼がすり寄る時は、ろくでもないことが多い。
女将の嫌な予感は的中した。
「お駄賃は?」
お駄賃とは迎えに来たお礼のことである。
宝石に例えられるほどの濃い青色の瞳を持つ女将は、生温かく夢魔を見つめた。
「お駄賃?チーズでいい?今日は美味しいチーズを頂いたの。家に帰ったら用意するわ」
夢魔は眉をひそめた。真意が伝わらないことに少し苛立ちを感じたようだった。
「それはもちろん頂くが、お駄賃は愛のあるやつで返してほしい」
「あのねえ。目に見えるものだけが愛じゃないのよ?」
女将は諭すように話しかけたが、夢魔は首を横に振った。
「分かりやすく形で欲しい」
通りを歩く者のちらちらとこちらを窺う視線が、女将は気になって仕方が無かった。中には常連の顔もあったのである。これ以上夢魔とのことで変な噂が立つのはご免だった。